ご挨拶へ 経歴へ 眼の腫瘍のお話へ よくあるご質問へ 眼科医のための眼部腫瘍講座へ 学会発表へ ご相談窓口へ リンク集へ 憩いの窓へ
     
眼の腫瘍のお話

  1. 腫瘍とは

    腫瘍(しゅよう)には、その性状により悪性腫瘍(一般的に言われている”がん”)と、良性腫瘍(転移をおこさず、その場所で大きくなるもの)とがあります。但し悪性腫瘍にも転移が起こりやすく、生存率の低い高悪性度のものと、良性腫瘍に近い性質で、稀に転移するだけで、生命に対する危険が低い、低悪性度のものとがあります。


  2. 眼の腫瘍の種類とその説明

    眼の腫瘍には発生する部位により、眼瞼、結膜、眼球内、眼窩内に分かれます。

    1) 眼瞼(まぶた)
     幸いにも良性腫瘍の頻度が高いです。 特にほくろ(母斑)がよく見られます。 ものもらい(麦粒腫)と呼ばれるものは,腫れてはいますが腫瘍ではなく、細菌感染による炎症性の腫脹で、痛みや赤味を伴います。抗生剤の内服や点眼、場合により切開して排膿することにより治ります。 霰粒腫(さんりょうしゅ)と呼ばれるものは、特に腫瘍と間違えられやすく、眼科医でも診断を誤ることがあります。主としてマイボーム腺と呼ばれる涙の蒸発を防ぐために脂肪を分泌する腺の慢性の炎症です。 腫れは有りますが、押しても痛みは有りませんので、炎症らしくなく腫瘍と間違われる事が多いのです。切開して粥状になった中身を掻き出します。50歳以上の方にこのような腫脹が生じた場合は、念のため病理組織検査に取り出した内容物を提出すると、悪性の腫瘍を見逃す危険を避けられます。中高年では、まぶたの皮膚の部分から脂漏性角化症や角化棘細胞腫(ケラトアカントーマ)等が生じます。これらは病変部を切除する事で治癒します。
     悪性腫瘍は、いずれも中高年以上に生じやすく、子供や若者には希です。 日本では基底細胞癌(基底細胞腫)、脂腺癌、扁平上皮癌の順で頻度が高いようです。基底細胞癌は基底細胞腫と呼ばれる場合も有るほど転移する事は希ですが、周囲に浸潤性に増殖して、頭蓋骨や副鼻腔と呼ばれる鼻の領域まで浸潤し、出血や呼吸困難等で死亡します。眼瞼皮膚から出来る潰瘍を伴った黒色の部分もある隆起性病変です。
     脂腺癌は涙の蒸発を防ぐ目的で脂肪を分泌するマイボーム腺やツァイス腺から発生します。 悪性度は他の眼瞼癌より高く、しばしば所属リンパ節である耳前リンパ節や下顎リンパ節に転移します。霰粒腫と間違われることもしばしば有り、50歳以上の患者さんの場合は切除又は掻き採った内容を病理検査に提出することが必要です。治療法は切除して縫合するのが一般的ですが、鉛の保護板を眼瞼の裏に入れて眼球を放射線から守り、電子線照射することも可能で、手術がいやな場合、高齢者や体調の関係で手術が行いにくい場合や腫瘍が大きくて複雑な形成手術が必要な場合に有用です。

    図1 初期の眼瞼癌(扁平上皮癌)



    図2 霰粒腫と誤って頻回に切開された眼瞼癌



    図3 図2が放射線(電子線)治療を受けて治癒した状態

    図4 鉛の保護版を使用して電子線治療が行われている状態

    図5 鉛の保護板と義眼
                

     

    2) 結膜(まぶたの裏側と眼球の表面(しろ目))
      眼球の表面の白目(球結膜)からは扁平上皮癌が発生します。特に結膜輪部と呼ばれる黒目と白目の境界から発生することが多く、角膜の表面には薄い白色で半透明な膜として広がり、次第に盛り上がりが生じます。 治療法は顕微鏡下で切除し、冷凍凝固を切除面に加え再発を防ぎます。抗がん剤であるマイトマイシンの点眼も薄く広がる場合は有効です。
     結膜には悪性黒色腫(メラノーマ)も時に発生します。 先天的にメラノーマが起こりやすい性質がある、前癌状態である特殊な母斑(PAM)から起こる場合とそのような素地が無くて、突然新たに発生す場合とがあります。PAMの場合は、加齢と共に色調が濃くなり、広い範囲の結膜の多数の場所から発生するため、切除と冷凍凝固だけで治療することが困難な場合があり、抗がん剤であるマイトマイシンCMMC)の点眼を行います。 炭酸ガスレーザーを照射して腫瘍を蒸発させてします方法もありますが、レーザーの到達する深さの加減に注意が必要です。手術的に切除して結膜移植や羊膜移植を行うことも可能ですが、広範囲に広がる場合はなかなか困難です。 以前はこのような状態では、眼球を残すために、腫瘍の部分だけを切除する方法は転移を起こしやすいので、危険であると考えられて来たのですが、眼球を含めて切除する方法(眼窩内容除去術)を行っても転移が生ずることもあり、両者に長期生存率に関して差がないことが明らかにされています。

    図1 PAMより発生した結膜悪性黒職種 図2 図1の炭酸ガスレーザー治療実施5年後
    図3 使用した炭酸ガスレーザー装置 図4 炭酸ガスレーザーを使用した結膜メラノーマ患者の生存率曲線

     結膜の悪性リンパ腫は、結膜下にスモークサーモンのような赤色調の、表面平滑な腫瘤として特徴的な外見を呈しています。 そのため見ただけで診断が可能な場合が殆どです。 治療法としては、表面に露出している腫瘍を切除して病理検査を行い悪性度を確定して、低悪性度なら症状によってはそのまま放置しても問題は有りません。 腫れがひどい場合は放射線照射で消失させることも可能ですが、角膜上皮障害、ドライアイ、白内障などの後遺症が起こる場合が有ることを覚悟する必要が有ります。
    そのような後遺症を避けたい場合は抗がん剤やリンパ球に対する抗体を使用する薬物療法も選択肢の一つですが、経費がかなりかかり、全身的な抗がん剤の副作用を覚悟する必要があります。

    3) 眼球内(眼球の内部で、強膜、ぶどう膜(虹彩、毛様体,脈絡膜)、網膜)

     網膜からは網膜芽細胞腫(retinoblastoma)が主として3歳以下の子供に発生します。


    「摘出された網膜芽細胞腫の眼球割面」

     ぶどう膜(虹彩、毛様体、脈絡膜)にはメラニン色素を産生する細胞があるため、悪性黒色腫が発生します。
    30代女性から摘出された脈絡膜悪性黒色腫の眼球割面 左図の症例の眼球摘出後10年で肝転移のため死亡した。

      
    初期の脈絡膜悪性黒色腫 半導体レーザーによる治療直後
    治療後3年、視力は正常である。


    4) 眼窩(眼球を取り巻く骨に囲まれた空間)
     眼窩内には種々の組織があるため、種々の腫瘍が発生します。症状としては眼窩は前方を除いて周囲が骨で囲まれているため眼球が飛び出す眼球突出、眼球の動きが腫瘍で妨げられて物がずれて二つに見える復視、視力低下、眼痛などが有ります。 良性の腫瘍が多く、海綿状血管腫、デルモイド嚢腫、炎症性偽腫瘍、涙腺の多形性腺腫(混合腫瘍)、神経鞘腫などがあります。 悪性腫瘍には、小児期では横紋筋肉腫が多く、成人ではリンパ腫が多く特に高齢者では悪性の場合が多いようです。その他成人で見られる涙腺癌は悪性度の高い眼窩腫瘍です。殆どの良性腫瘍は手術的に腫瘍を全て取り除く事が原則ですが、眼窩内は筋肉、神経、血管が狭いところに錯綜しているため、これらに障害を与えずに腫瘍を丸ごと取り除くことは必ずしも容易では有りません。後遺症として復視、眼瞼下垂、視力低下などが有ります。 炎症性偽腫瘍は境界不鮮明な広がりでなので、ステロイド剤の投与により治癒する場合も有りますが、内服を止めると暫くして再発する事も多いので、場合によっては放射線照射や免疫抑制作用のある抗癌剤を併用する場合もあります。悪性腫瘍では横紋筋肉腫やリンパ腫は抗癌剤や放射線の感受性が高いため、腫瘍の一部を切除して病理診断を確定してから、非手術的な治療を行います。涙腺癌は放射線感受性も抗癌剤に対する感受性も低いため眼窩内容除去術などの手術的な治療法が行われますが治療成績が良くないため、再発時に重粒子線照射を行う方法が試みられています。 しかし後遺症として、眼球に生じる血管新生緑内障などがしばしば認められます。

  3. 帝京大学病院で進行中の臨床研究